[[index.html|古今著聞集]] 和歌第六
====== 218 松殿僧正行意赤痢病を大事にして存命ほとんど危なかりけるに・・・ ======
===== 校訂本文 =====
松殿僧正行意、赤痢病を大事にして、存命ほとんど危なかりけるに、ちとまどろみたる夢に、信貴の毘沙門((信貴山朝護孫子寺))へ参りたりける。御帳(みちやう)の戸を押し開けて、よに恐しげなる鬼神出でて、僧正を、「やや」と呼び申されば、恐しながら見向きたりければ、鬼
神、一首の和歌を詠みかけける。
長月の十日あまりのみかの原川波清く澄める月かな
詠吟の声、たへずめでたく心肝に染みて覚えけるほどに、夢覚めぬ。その後、病たちまちやみて、例のごとくになりにけり。
この歌、建保元年((「元年」は底本「元」なし。諸本により補う。))九月十三夜、内裏の百首御会に、「河月」を家隆卿((藤原家隆))つかうまつれるなり。かの卿の歌は諸天も納受(なふじゆ)し給ふにこそ。不思議のことなり。
===== 翻刻 =====
松殿僧正行意赤痢病を大事にして存命殆あふなかり
けるにちとまとろみたる夢に信貴の毘沙門へまいりたり
ける御帳の戸ををしあけてよにをそろしけなる鬼神いてて
僧正をややとよひ申されはをそろしなからみむきたりけれは鬼
神一首の和哥を詠かけける
長月のとをかあまりのみかの原川浪きよくすめる月かな/s154r
詠吟のこゑたへすめてたく心肝にそみて覚ける程に夢さめぬ
其後病たちまちやみて例のことくになりにけり此哥建保年
九月十三夜内裏の百首御会に河月を家隆卿つかふまつ
れる也彼卿の哥は諸天も納受し給にこそ不思議の事也/s154l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/154