十訓抄 第一 人に恵を施すべき事 ====== 1の30 大中臣能宣父頼基に語りていはく・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 大中臣能宣、父頼基((大中臣頼基))に語りていはく、「過ぎたるころ、入道式部卿宮((敦実親王))の御子の日に、よろしき歌つかまつりて侍る」。頼基いはく、「いかん」。   「千年までかぎれる松も今日よりは君に引かれて万代や経ん 世にも良しと申すなり」と言ふ。父頼基、しばらくながめて、かたはらなる枕を取りて、能宣を打ちていはく、「思はざるに昇殿をも許(ゆ)りて、主上の御子の日あらば、いかなる歌を詠むべきぞや。わざはひの不覚人かな。さるわかれ宮の子の日に、かかる歌詠むやうやはある」とぞ言ひける。能宣、逃げて入りにけり。 これまで用意すべきことなど、あまりにやあらむ。 ===== 翻刻 ===== 大中臣能宣父頼基ニ語テ云ク過タル頃入道式部 卿宮ノ御子日ニ、ヨロシキ哥ツカマツリテ侍頼基云如 何 千年マテカキレル松モケフヨリハ君ニヒカレテ万代ヤヘン 世ニモヨシト申也ト云父頼基暫クナカメテ、傍ナル 枕ヲ取テ能宣ヲウチテ云、思ハサルニ昇殿ヲモ ユリテ、主上ノ御子日アラハ何ナル哥ヲヨムヘキ ソヤ、ワサハヒノ不覚人カナサル/k64 ワカレミヤノ子日ニ、カカル哥ヨムヤウヤハ有トソ云ケル、 能宣ニケテ入ニケリ、是マテ用意スヘキ事ナトア マリニヤアラム、/k65