十訓抄 第四 人の上を誡むべき事 ====== 4の11 天暦の御時月次の屏風歌に擣衣の所に兼盛詠じていはく・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 天暦の御時、月次(つきなみ)の屏風歌に、擣衣の所に、兼盛((平兼盛))、詠じていはく、   秋深み雲井の雁の声すなり衣打つべき時や来ぬらむ 紀時文、件(くだん)の色紙形を書く時、筆を押していはく、「衣打つを見て、『打つべきころや来ぬらん』と詠ずる。いかん」。兼盛に尋ねらるるに、申していはく、「貫之((紀貫之))、延喜御屏風に、駒迎の所に、   逢坂の関の清水にかげ見えて今や引くらん望月の駒 と詠ずる。この難ありや。いかん」。時文、口を閉づ。 しかども、時文は貫之が子にて、かく難じける。いよいよ浅かりけり。 ===== 翻刻 ===== 天暦ノ御時、月次ノ屏風哥ニ擣衣所ニ兼盛詠云、 秋フカミ雲井ノ雁ノ声スナリ、衣ウツヘキ時ヤキヌラム、/k162 紀時文件ノ色紙形ヲ書時筆ヲ押云ク、衣ウツヲ 見テウツヘキ頃ヤキヌラント詠スル如何、兼盛ニ尋ラ ルルニ、申テ云ク、貫之延喜御屏風ニ駒迎所ニ 逢坂ノ関ノ清水ニカケ見エテ、今ヤヒクラン望月ノコマ ト詠スル、此難アリヤ如何、時文口ヲ閉シカトモ、時文ハ貫 之カ子ニテカク難シケル、イヨイヨ浅カリケリ、/k163