[[index.html|土佐日記]]
====== 1月29日 不明〜土佐の泊 ======
===== 校訂本文 =====
[[se_tosa37|<>]]
二十九日、船出だして行く。うらうらと照りて漕ぎ行く。爪のいと長くなりにたるを見て、日を((底本、「日を」の「日」と「を」の間に「と」があり、紙を貼って消している。))数ふれば、今日は子の日なりければ、切らず。正月(むつき)なれば、京の子の日のこと言ひ出でて、「小松もがな」と言へど、海中(うみなか)なれば、かたしかし。
ある女の書きて出だせる歌、
おぼつかな今日は子の日か海人(あま)ならば海松(うみまつ)をだに引かましものを
とぞ言へる。「海にて子の日」の歌にては、いかがあらむ。
また、ある人の詠める歌、
今日なれど若菜も摘まず春日野のわが漕ぎわたる浦になければ
かく言ひつつ漕ぎ行く。
おもしろき所に船を寄せて、「ここやいづこ」と問ひければ、「土佐の泊(とまり)」と言ひけり。
昔、土佐といひける所に住みける女、この船にまじれりけり。そが言ひけらく、「昔、しばしありし所のなくひにぞあなる。あはれ」と言ひて詠める歌、
年ごろを住みしところの名にしおへば((底本、「しおへば」の「し」と「お」の間に「へ」があり、紙を貼って消している。))き来寄る波をもあはれとぞ見る
とぞ言へる。
[[se_tosa37|<>]]
===== 翻刻 =====
廿九日ふねいたしてゆくうらうらと
てりてこきゆくつめのいとなかくなりに
たるをみてひ(と)をかそふれはけふは
子日なりけれはきらすむつきなれ
は京のねのひのこといひいててこまつ
もかなといへとうみなかなれはかた
しかしあるをむなのかきていた
せるうた おほつかなけふはねのひか
あまならはうみまつをたにひかま/kd-34r
しものをとそいへるうみにて子日
のうたにてはいかかあらむまたある
ひとのよめるうた けふなれとわかなも
つますかすかののわかこきわたる
うらになけれはかくいひつつこき
ゆくおもしろきところにふねを
よせてここやいつこととひけれは
とさのとまりといひけりむかし
とさといひけるところにすみける/kd-34l
https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100421552/34?ln=ja
をんなこのふねにましれりけり
そかいひけらくむかししはしあり
しところのなくひにそあなるあは
れといひてよめるうた としころを
すみしところのなにし(へ)おへは
きよるなみをもあはれとそみる
とそいへる/kd-35r
https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100421552/35?ln=ja