とはずがたり ====== 巻2 1 隙行く駒の早瀬川・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== [[towazu1-44|<>]] 隙(ひま)行く駒の早瀬川、越えて返らぬ年波の、わが身に積るを数ふれば、今年は十八になり侍るにこそ。百千鳥(ももちどり)さへづる春の日影、のどかなるを見るにも、何となき心の中のもの思はしさ、忘るる時もなければ、華やかなるも、嬉しからぬ心地ぞし侍る。 今年の御薬には、花山院太政大臣((花山院通雅))参らる。去年、後院別当(ごゐんのべつたう)とかやになりておはせしかば、何とやらん、この御所ざまには心よからぬ御ことなりしかども、春宮((のちの伏見天皇))に立たせおはしましぬれば、世の恨みもをさをさなぐさみ給ひぬれば、また後まで思し召しとがむべきにあらねば、御薬に参り給ふなるべし。ことさら女房の袖口も引き繕(つくろ)ひなどして、台盤所(だいばむどころ)ざまも人々心ことに衣(きぬ)の色をも尽し侍るやらん。一年(ひととせ)中院大納言((父、久我雅忠))、御薬に参りたりしことなど、改まる年ともいはず思ひ出でられて、古りぬる涙ぞ((『源氏物語』葵「新しき年ともいはずふるものはふりぬる人の涙なりけり」))、なほ袖濡らし侍りし。 [[towazu1-44|<>]] ===== 翻刻 ===== ひま行こまのはやせ川こえてかへらぬとしなみの わか身につもるをかそふれは今年は十八に成侍にこそ ももちとりさえつる春の日影のとかなるをみるに もなにとなき心の中のものおもはしさ忘るる時もな けれははなやかなるもうれしからぬここちそし侍る ことしの御くすりには花山院太政大臣まいらる去年後 院別当とかやに成ておはせしかはなにとやらんこの御所さま には心よからぬ御事なりしかとも春宮にたたせおはしまし ぬれは世のうらみもおさおさなくさみ給ぬれは又のちまて おほしめしとかむへきにあらねは御くすりにまいり給なるへしこと さら女房の袖くちもひきつくろひなとして/s65l k2-1 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/65 たいはむ所さまも人々こころことにきぬの色をもつくし侍 やらん一とせ中院大納言御くすりに参りたりし事なと あらたまるとしともいはすおもひ出られてふりぬる涙そ猶 そてぬらし侍し春宮の御方いつしか御かたわかち有へし/s66r k2-2 http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/66 [[towazu1-44|<>]]