宇治拾遺物語 ====== 第49話(巻3・第17話)小野篁広才の事 ====== **小野篁広才事** **小野篁広才の事** ===== 校訂本文 ===== 今は昔、小野篁といふ人おはしけり。 嵯峨の御門((嵯峨天皇))の御時に、内裏に札を立てたりけるに、「無悪善」と書きたりけり。御門、篁に、「読め」と仰せられたりければ、「読みは読み候(さぶら)ひなん。されど、恐れにて候へば、え申し候はじ」と奏しければ、「ただ申せ」とたびたび仰せられければ、「『さがなくてよからん』と申して候ふぞ。されば君を呪ひ参らせてなり」と申しければ、「これは、をのれはなちては、誰(たれ)か書かん」と仰せられければ、「さればこそ、『申し候はじ』とは申して候ひつれ」と申すに、御門、「さて、なにも書きたらんものは読みてんや」と仰せられければ、「何にても読み候ひなん」と申しければ、片仮名のねもじ((「子」を指す。))を十二書かせ給ひて、「読め」と仰せられければ、   「ねこの子のこねこ、ししの子のこじし」 と読みたりければ、御門、ほほゑませ給ひて、ことなくてやみにけり。 ===== 翻刻 ===== いまはむかし小野篁といふ人おはしけり嵯峨の御門の御ときに/57オy117 内裏に札をたてたりけるに無悪善とかきたりけり御門篁に よめとおほせられたりけれはよみはよみさふらひなんされと恐にて 候へはえ申さふらはしと奏しけれはたた申せとたひたひ仰られ けれはさかなくてよからんと申て候そされは君をのろひま いらせてなり」と申けれはこれはをのれはなちてはたれか書ん とおほせられけれはされはこそ申さふらはしとは申て候つれ と申に御門さてなにもかきたらん物はよみてんやと仰られ けれはなににてもよみさふらひなんと申けれは片仮名の ねもしを十二かかせ給てよめとおおせられけれはねこの子のこ ねこししの子のこししとよみたりけれは御門ほほえませ給て 事なくてやみにけり/57ウy118