昔、男、武蔵の国までまどひ歩(あり)きけり。さて、その国にある女をよばひけり。父は、「こと人にあはせむ」と言ひけるを、母なん、あてなる人に心つけたりける。父はなほ人(びと)にて、母なむ藤原なりける。さてなむ、「あてなる人に」と思ひける。このむこがねに詠みておこせたりける。すむ所なん、入間(いるま)の郡(こほり)三芳野(みよしの)の里なりける。
三芳野のたのむの雁(かり)もひたぶるに君が方にぞよると鳴くなる
むこがね、返し、
わが方によると鳴くなる三芳野のたのむの雁をいつか忘れん
となむ。
人の国にても、なほかかることなんやまざりける。
昔おとこむさしの国まてまとひありき けりさてそのくににある女をよはひけり ちちはこと人にあはせむといひけるを ははなんあてなる人に心つけたり けるちちはなを人にてははなむふちはら なりけるさてなむあてなる人にとおもひ けるこのむこかねによみてをこせたり けるすむ所なんいるまのこほりみよし ののさとなりける/s22l
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みよしののたのむのかりもひたふるに 君かかたにそよるとなくなる むこかねかへし 我かたによるとなくなるみよしのの たのむのかりをいつかわすれん となむ人のくににてもなをかかる事 なんやまさりける/s23r