昔、女はらから二人ありけり。一人は賤しき男の貧しき、一人はあてなる男持たりけり。
賤しき男持たる、十二月(しはす)のつごもりに、袍(うへのきぬ)を洗ひて、手づから張りけり。心ざしはいたしけれど、さる賤しきわざも習はざりければ、袍の肩を張り破(や)りてけり。せむかたもなくて、ただ泣きに泣きけり。
これを、かのあてなる男聞きて、いと心苦しかりければ、いと清らなる緑衫(ろうさう)の袍を見出でてやるとて、
紫の色濃き時は目もはるに野なる草木ぞわかれざりける
武蔵野の心なるべし。
むかし女はらからふたり有けりひとりは いやしきおとこのまつしきひとりは あてなる男もたりけりいやしき男もた るしはすのつこもりにうへのきぬをあ らひててつからはりけり心さしはいたし/s50r
けれとさるいやしきわさもならはさり けれはうへのきぬのかたをはりやりてけ りせむかたもなくてたたなきになきけり これをかのあてなるおとこききていと心 くるしかりけれはいときよらなるろう さうのうへのきぬを見いててやるとて むらさきのいろこき時はめもはるに 野なるくさ木そわかれさりける むさし野の心なるへし/s50l
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【絵】/s51r