昔、男、京をいかが思ひけむ、「東山(ひんがしやま)に住まむ」と思ひ入りて、
住みわびぬ今はかぎりと山里に身を隠すべき宿求めてむ
かくて、ものいたく病みて、死に入りたりければ、面(おもて)に水そそぎなどして、いき出でて、
わが上に露ぞ置くなる天の川門(と)わたる舟の櫂(かい)のしづくか
となん、言ひていき出でたりける。
むかしおとこ京をいかか思ひけむひんかし 山にすまむとおもひいりて すみわひぬいまはかきりと山さとに 身をかくすへきやともとめてむ/s66r
かくて物いたくやみてしにいりたりけれ はおもてに水そそきなとしていきいてて わかうへに露そをくなるあまの川 とわたる舟のかひのしつくか となんいひていきいてたりける/s66l