昔、世心つける女、「いかで心情(なさけ)あらむ男に逢ひえてしがな」と思へど、言ひ出でむたよりもなさに、まことならぬ夢語(ゆめがたり)をす。子三人を呼びて語りけり。二人の子は情けなくいらへてやみぬ。三郎(さぶらう)なりける子なむ、「良き御男ぞ出で来ん」と合はするに、この女、気色いとよし。
「こと人はいと情けなし。いかでこの在五中将1)に合はせてしがな」と思ふ心あり。狩りし歩(あり)きけるに行き合ひて、道にて馬の口を取りて、「かうかうなん思ふ」と言ひければ、あはれがりて、来て寝にけり。
さて、のち男見えざりければ、女、男の家に行(い)きてかいま見けるを、男、ほのかに見て、
百歳(ももとせ)に一歳(ひととせ)たらぬつくも髪われを恋ふらし面影に見ゆ
とて、出で立つ気色(けしき)を見て、茨(むばら)・枳殻(からたち)にかかりて、家に来てうち臥せり。男、かの女のせしやうに、忍びて立てりて見れば、女、歎きて寝(ぬ)とて、
さむしろに衣かたしき今宵もや恋しき人に逢はでのみ寝ん
と詠みけるを、男、あはれと思ひて、その夜は寝にけり。
世の中の例として、思ふをば思ひ、思はぬをは思はぬものを、この人は思ふをも、思はぬをも、けぢめみせぬ心なんありける。
むかし世心つける女いかて心なさけあらむ 男にあひえてしかなと思へといひ/s69r
いてむたよりもなさにまことならぬ夢 かたりをす子三人をよひてかたりけり ふたりのこはなさけなくいらへてやみぬ さふらふなりける子なむよき御おとこそ いてこんとあはするにこの女けしき いとよしこと人はいとなさけなしいかて この在五中将にあはせてしかなと思ふ 心ありかりしありきけるにいきあひ てみちにてむまのくちをとりてかうかう/s69l
https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/200024817/69?ln=ja
なんおもふといひけれはあはれかりて きてねにけりさてのち男みえさりけれは 女おとこのいゑにいきてかいまみけるを おとこほのかに見て ももとせに一とせたらぬつくもかみ われをこふらしおもかけにみゆ とていてたつけしきを見てむはらから たちにかかりていゑにきてうちふせり おとこかの女のせしやうにしのひて/s70r
たてりて見れは女なけきてぬとて さむしろに衣かたしきこよひもや 恋しき人にあはてのみねん とよみけるをおとこあはれと思ひてその 夜はねにけり世中のれいとして思ふ をはおもひおもはぬをは思はぬものをこ の人はおもふをもおもはぬをもけちめみ せぬ心なんありける/s70l
https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/200024817/70?ln=ja
【絵】/s71r