十訓抄 第四 人の上を誡むべき事
寛平歌合に、「初雁」を友則1)、
春霞かすみていにし雁がねの今ぞ鳴くなる秋霧の上に
と詠める。
左方にてありけるに、五文字を詠じたりける時、右方の人、ことごとく笑ひけり。さて、次の句に「かすみていにし」と言ひけるにこそ、音もせずなりにける。
ものを聞きも果てず、ひた騒ぎに笑ふこと、あるまじきことなり。また、さやうに思ひがけぬことも、詠むまじきにや。
また、人ありて、まことの誤りをしたりとも、わがため苦しみのなからむに、あながちに難じ謗(そし)りても、何かせむ。
寛平哥合ニ、初雁ヲ友則/k166
春カスミ霞テイニシ雁カネノ、今ソナクナル秋霧ノウヘニ トヨメル左方ニテ有ケルニ、五文字ヲ詠シタリケルト キ、右方ノ人コトコトク咲ケリ、サテ次ノ句ニカスミテイ ニシト云ケルニコソ、音モセス成ニケレ、物ヲ聞モハテス ヒタサハキニ笑事アルマシキ事也、又サヤウニ思カ ケヌ事モヨムマシキニヤ、又人アリテ誠ノアヤマリヲ シタリトモ、我タメ苦シミノナカラムニ、強ニ難シソシリ テモ何カセム、/k167