十訓抄 第九 懇望を停むべき事
第九 懇望を停むべき事
ある人いはく、人は心にあはぬことあればとて、うち頼むにもあれ、あひ親しきにもあれ、もの恨みの先立つまじきなり。
たとひ理運のことの相違も出で来(き)、約束の旨の変改あるにても、「さるやうこそあるらめ」と、心長く忍び過ぐしたらむは、くねり腹立つよりも、なかなかはづかしく、いとほしくも思えぬべきを、かなはぬものゆゑ、いちはやく振舞へば、かへりてしらけもし、また、はかなき節(ふし)によりて、おほいに悔しきことも出で来るなり。
老子、のたまへることあり。
命を知れる者は、天を怨みず
己を知る者は、人をも怨みず
まことなるかな、このこと。
第九可停懇望事 或人云、人ハ心ニアハヌ事アレハトテ、ウチタノムニモア レ、アヒシタシキニモアレ、物恨ノサキタツマシキ也、タト ヒ理運ノ事ノ相違モイテキ、約束ノ旨ノ変改ア/k16
ルニテモ、サル様コソアルラメト、心永ク忍ヒスクシタラ ムハ、クネリ腹立ヨリモ中々ハツカシク糸惜モ覚ヌヘ キヲ、カナハヌ物ユヘ、イチハヤク振舞ヘハ、カヘリテシラケ モシ、又ハカナキフシニヨリテ、大ニクヤシキ事モ出クル也、 老子ノ給ヘル事アリ、命ヲシレルモノハ天ヲウラミス、オ ノレヲシルモノハ人ヲモウラミス、誠ナルカナ此事、/k17