今昔物語集
今昔、仏1)の御弟子、目連尊者の弟有り。家大に富て、財宝豊也と云へども、更に善根を修せずして、深く世間の貪著せり。
目連、弟の許に至て、教て云く、「汝、速に善根を修せよ。命終ぬれば、三悪道に堕て苦を受る事量難し。其の時に、財(たから)身に相ひ副ふ事無し。功徳を修する者は、三悪道に堕ちずして、必ず善所に生るる事疑ひ無し」と。弟の云く、「我が父母は、『在家にして、世を恣にせよ』と教へ給ひき。法師こそ口惜き事は有りけれ。物を乞ふ心の有るこそ、極て拙く憎けれ。抑、功徳とは何事を云ふぞ」と。目連、答て云く、「功徳と云は、一の物を人に施つれば、其の徳に依て、万づの物を得る也」と。弟の云く、「然ば、我れ、汝が云ふ如く、人に物を施さむ」と云て、一の庫倉を開て、財宝を取出て、人に与ふ。
又、忽に五六の庫倉を造る。人有て、問て云く、「何の故に忽に倉をば造るぞ」と。答て云く、「功徳造れる也」と。
此の如く、九十日が間、財宝を人に施して、尊者に問て云く、「汝、『仏、未だ妄語し給はず』と云しは何ぞ。我が庫倉に功徳は満たざるや」と。目連の云く、「汝、我が袈裟を捕(とらへ)よ」と云て、捕へしめつ。四天王天・忉利天・夜摩天・兜率天・楽変化天・他化自在天に皆昇り至て、一々に見しむ。様々の娯楽・不思議、計称べからず。
其の第六の他化自在天に至て、卅九重2)の垣有り。其の内に、各一人の女人有り。瑠璃の女、瑠璃の座に居て、瑠璃の糸を懸たり。瑠璃の衣を縫ひ、車〓3)説き給けりとなむ、語り伝へたるとや。