古本説話集
樵夫事
樵夫の事
今は昔、木こり、山守に斧(よき)を取られて、「わびし、心憂し」と思ひゐて、頬杖(つらつえ)うちつきてをり。山守見て、「さるべき事を申せ。取らせむ」と言ひければ、
悪しきだになきはわりなき世の中によきをとられて我いかにせん
と詠みたりければ、山守「返しせむ」と思ひて、「うううう」とうめきけれど、えせざりけり。さて、よき返し取らせてければ、「うれし」と思ひけりとぞ。
「人はただ、歌をかまへて詠むべし」と見えたり。
いまはむかし木こり山もりによきをとられ/b58 e29
てわひし心うしと思ゐてつらつえうちつ きてをり山もりみてさるへき事を申せとらせむ といひけれは あしきたになきはわりなき世の中に よきをとられて我いかにせん とよみたりけれは山もりかへしせむと思ひて 「うううう」とうめきけれとえせさりけりさてよき かへしとらせてけれはうれしとおもひけり とそ人はたたうたをかまへてよむへし と見えたり/b59 e29