蒙求和歌
劉寵一銭 款冬(やまぶき)
劉寵、会稽の守に移りて赴(おもむ)きけり。
若耶渓のうちを、六の老翁の、歳みな1)七・八十ばかりなる、あひ2)率(ひき)ゐて、劉寵を送りけり。
おのおの、銭を百づつを持ちたり。劉寵、「これを取らば、人の宝をむさぼるに似たり。これを取らずは、人の志を失ふになりぬべし」と思へり。時に、人ごとに一つの銭を取りてける。
国に居たるほど、人の費(つひ)えを惜しみて、人のもとへも行くこともなかりければ、夜吠ゆる犬もなしと言へり。後に召して将作大匠となす。
家づとに一房(ひとふさ)折りし山吹の春に色ある井手の旅人
劉寵一銭 款冬 劉寵会稽ノ守ニウツリテヲモムキケリ若耶渓ノウ 六ノ老翁ノ歳三十七八十許ナルナヒヒキヰテ劉 寵ヲヲクリケリ各銭ヲ百ツツヲモチタリ劉寵此ヲトラハ 人ノ宝ヲムサホルニ似タリ此ヲトラスハ人志ヲウシナフニ ナリヌヘシト思ヘリ時ニ人コトニヒトツノ銭ヲトリテケル国ニ ヰタル程ト人ノツイヱヲヲシミテ人ノモトヘモユクコトモナカ リケレハヨルホユル犬モ无ト云ヘリ後ニメシテ為将作大匠 イヱツトニヒトフサヲリシヤマフキノ春ニイロアルヰテノタヒヒト/d1-14l