蒙求和歌
虞延剋期 歳暮
後漢の虞延は細陽の人なり。
獄舎にいましめ置かれたる者、数も知らず多くして、年の暮れにのぞみて、幽閉を悲しみ、故郷を恋ふる心ねむごろなりけるを、あはれみ痛みて、獄門を開きて、おのおのをゆるして、「そのころほひまで」と頼めて、家に返し据ゑけり。
罪人(つみびと)、虞延が仁徳(じんとく)を1)仰(あふ)ぎて、期をたがへず獄に返り来たりにけり。
家にありて、病あるものは、獄に来たりて、死ににければ、閣外に埋(うづ)みて、わざのことを終へて、あはれみ、とぶらひけり。
後に、大尉に至れりけり。
年暮れし雲のとざしを吹きとけば峰の嵐の情けなりけり2)
虞延尅期(キ) 歳暮 後漢ノ虞延ハ細(セイ)陽(ヤウ)ノ人也獄舎ニイマシメヲカレタルモノカス モシラスヲホクシテ年ノクレニノソミテ幽(イフ)閉(ヘイヲ)カナシミ故郷ヲ コフル心ネムコロナリケルヲアハレミイタミテ獄門ヲヒラキテ ヲノヲノヲユルシテソノコロヲヒマテトタノメテイヱニカヘシスヘ ケリツミ人虞延カ仁(シム)徳(トク)アフキテ期ヲタカヘス獄(ニ)カヘリ 来リニケリ家ニアリテ病アルモノハ獄ニキタリテシニケレハ 閣外ニウツミテワサノコトヲヲヘテアハレミトフラヒケリ 後ニ大尉ニイタレリケリ/d1-33l
としくれし雲のとさしをふきとけはみねの あらしのなさけなりけり/d1-34r