蒙求和歌
張氏銅鉤
張氏が先祖、功曹、朝(あした)に起きて見れば、一つの鳩、承塵より飛び来たりて、几(おしまづき)の前にあり。
「この鳩、災ひをなすべくは、承塵に1)返り居るべし。喜びをなすべくは、わが懐(ふところ)に入れ」と言ひて、懐を開けたれば、前に鳩、すなはち飛び入りぬ。懐をさぐるに、一つの銅鉤を得たり。これを帯(おび)にして、朝に仕ふるに、数郡の守に至り。九卿につらなりにけり。
時に、蜀の客人2)来たりて、張氏がもとに使ふ女を語らひて、ひそかに銅釣を買ひ取りて、帰りにけり。蜀客、にはかにもの悪しくなりて、衰へにけり。怪しみ恐れて、銅釣を張氏に返してけり。
張氏、七世孫までに富み栄えけり。
数ふればななよまでをぞ寝覚めける鳩吹く秋の3)行く末の空
張氏銅鈎 張氏カ先祖功曹アシタニヲキテミレハヒトツノハト承塵ヨリ トヒキタリテ凡(ヲシマツキ)ノマヘ(エ歟)ニアリコノ鳩(ハト)ワサワヒヲナスヘクハ承 塵ヨリカヘリヰルヘシヨロコヒヲナスヘクハワカフトコロニイレトイヒ テフトコロヲアケタレハマヘニ鳩スナハチトヒイリヌフトコロヲ サクルニヒトツノ銅釣ヲエタリコレヲヲヒニシテ朝ニツカフルニ数郡ノ 守ニイタリ九卿ニツラナリニケリ時ニ蜀ノ客人\/キタリテ張 氏カモトニツカフ女ヲカタラヒテヒソカニ銅釣ヲカヒトリ テカヘリニケリ蜀客ニハカニモノアシクナリテヲトロエニケリ/d1-48l
アヤシミヲソレテ銅釣ヲ張氏ニカヘシテケリ張氏七世孫マテニ トミサカヘケリ カソフレハナナヨマテヲソネサメケルハトフク□キノ ユクスヘノアキ(ソラ)/d1-49r