蒙求和歌
東平為善
粛宗、憲王蒼に会ひて、「人の家にあるに、何ごとをしてか楽しびとする」と聞こえければ、「善を為す、最(もと)も楽しび」と答へけり。この事を聞きて、嗟歎せずといふことなし。
憲王蒼、東平に行きて、長安の故郷(ふるさと)を恋ひて、はかなくなりにけり。その墓の上の松柏。西になむなびきける。後に故郷に行きて、粛宗のいはく、「その人を思ひてその里にいたるに、その所は存して、その人は亡せり」とぞ悲しび給ひける。
むつごとの名残に夜半(よは)は更けしかどなしとて帰る旅はなかりき
東平為善 東平ノ憲王蒼ハ粛宗ノヲトトナリ/粛宗憲王蒼ニアヒテ人ノ家ニアル ニ何事ヲシテカタノシヒトスルトキコヘケレハ為ス善ヲモトモタ ノシヒトコタヘケリコノ事ヲキキテ嗟歎セスト云事ナシ/d2-7r
憲王蒼東平ニユキテ長安ノ古郷ヲコヒテハカナクナリニ ケリソノハカノウエノ松柏西ニナムナヒキケル後ニフルサトニユキ テ粛宗ノイハクソノ人ヲ思ヒテソノサトニイタルニソノ所ハ 存シテソノ人ハ亡セリトソカナシヒ給ヒケル ムツコトノナコリニヨハハフケシカト ナシトテカヘルタヒハナカリキ/d2-7l