蒙求和歌
子房取履
漢の子房、張良が字(あざな)なり。
子房、若き時、下邳の石橋の上に行きて、遊びけるに、褐を着たる人の1)老翁の、ことさらに履(くつ)を落して、子房に、「取りて、履かせよ」と言ふを、「心得ぬこと」と思へども、老いたるを敬ふゆゑに、履を取りて、膝まづきて履かするに、翁、立ちながら履きて、笑ひて去りぬること一里ばかりありて、翁、また返り来たれり。
うち笑ひて、「なんぢに道教へむ」といふ。すなはち、大公兵法2)を授けていはく、「これを読みて、おほやけの御師たるべし」と言ひけり。
老翁は黄石公。黄石公は土星なり。
道の辺(べ)の履のあとまで思ひきやふみ見るはしとならむものとは
子房取履 漢ノ子房張良カアサナナリ子房ワ/カキトキ下邳(ヒ)ノイシハシノウエニユキテ アソヒケルニ褐ヲキタル人ノ老翁ノコトサラニクツヲヲトシテ子房 ニトリテハカセヨトユフヲココロヘヌコトト思トモヲイタルヲウヤマフ ユエニクツヲトリテヒサマツキテハカスルニヲキナタチナカラハキ テワラヒテサリヌルコト一里ハカリアリテヲキナマタカヘリキ タレリウチワラヒテナムチニミチヲシヘムトイフスナハチ大公兵 法ヲサツケテイハクコレヲヨミテヲホヤケノ御師タルヘシト イヒケリ 老翁ハ黄石公〃〃〃ハ土星也 ミチノヘノクツノアトマテヲモヒキヤフミミルハシトナラムモノトハ/d2-45l