撰集抄
昔、高光の宰相1)の、官(つかさ)申しけるに、かなはで、歎きにしづみ給ひけるころ、九月十三夜に、「月前述懐」といふ題にて、内裏にて歌合の侍りしに、かく、
かくばかり経(へ)がたく見ゆる世の中にうらやましくもすめる月かな
と詠みて参らせられければ、御門、しきりに御感ありて、急ぎ宰相になさせ給ひにければ、「歌は人の詠むべかりけるものかな。心の中の思ひ入る闇をも言葉に出ださざらましかば、いつもしづみて、はるる世あらじ」とて、悦び給ひけるに、「げに」と思えて、あはれに侍り。
昔高(為イ)光の宰相のつかさ申けるにかなはてな けきにしつみ給ける比九月十三夜に月前述/k243l
懐と云題にて内裏にて哥合の侍しにかく かく計へかたくみゆる世の中に うらやましくもすめる月かな とよみてまいらせられけれは御門しきりに御感 有ていそき宰相になさせ給にけれは哥は人 のよむへかりける物かな心の中の思入るやみを もこと葉に出さざらましかはいつもしつみてはるる 世あらしとて悦給けるにけにと覚てあはれ に侍り/k244r