撰集抄
昔、九条殿1)にて、さるべき人々、七夕に扇合の侍りけるに、中務と聞こえ侍る女房の、扇に、
天の川川辺凉しき七夕に扇の風をなほや貸さまし
といふ歌を書きたりけるを、殿をはじめ奉りて、人々、手ごとに取り伝へて、ことに感の侍りけり。
さて、元輔2)の扇の、遅く参りてありけるを見給ふに3)、をかしげなる手して、
天の川扇の風に霧はれて空すみわたるかささぎの橋
といふ歌をぞ書き侍りける。
おもしろさ、わくかたなかりければ、この二つの扇、勝にさだまりて、そのほかのゆゆしかりける扇どもは、花のあたりの深山木の心地して、心とめ、見る人もなかりけり。
昔九条殿にてさるへき人々七夕に扇合の侍りけ るに中務と聞え侍る女房の扇に あまの河川へすすしきたなはたに/k246l
扇のかせをなをやかさまし と云哥をかきたりけるを殿をはしめ奉りて人 々手ことにとりつたえて殊感の侍りけりさて 元輔の扇のおそくまいりてありけるを給にをか しけなる手して あまの河あふきの風にきりはれて 空すみわたるかささきのはし といふ哥をそ書侍ける面白さわく方なかりけ れは此二の扇かちに定りてその外のゆゆし かりける扇ともは花のあたりの深山木の心地/k247r
して心とめ見る人もなかりけり/k247l