醒睡笑 巻6 推はちがうた
旅の僧、しばらく人のもとに逗留(とうりう)せしが、ふと出でて行かんと思ひ立つ。折節、宿の主、他行の刻なれば、借りて使ひゐたる金柄(きんつか)の小刀を、内の者にたしかに渡す。
主人帰るに、受け取りつる者、「小刀は件(くだん)の人取りて去(い)にしにや、無し」と言ふ。不審に思ひ、ここかしこ見回しぬる。傍らの柱に、かの僧の手跡あり。読めば歌なり。「小刀たしかに置く」といふ十の文字を、一首の歌に書き置きし。
ここにきしかかるうき世かたびの身にながき情をたのみてぞ行く1)
一 旅の僧しはらく人のもとに逗留せしかふ斗出/n6-55r
ゆかんとおもひたつ折ふし宿の主他行の刻 なれはかりてつかひゐたる金柄の小刀を内の 者に慥わたす主人帰るに請取つる者小刀は 件の人とりていにしにやなしといふ不審 におもひここかしこ見まはしぬるかたはらの 柱に彼僧の手跡ありよめは哥なり小刀 慥をくといふ十の文字を一首の哥に書置し ここにきしかかるうき世かたひの身に なかき情をたのみてそゆく/n6-55l