打聞集
大原の戌亥に当りて、口二三間の屋あり。ただ夫妻□有り3)。夫は法師なり。牛馬の肉食すと云々。一宿これを見ゆ。
夜半、行水し清き衣を着て堂に入る。松火炬□□云々。僧正、委細を問ふに、答へて云々、「年ごろ、かくのごとき念仏よりほかにすることなし。死ぬ時、必ず告げ申すべし。また、死後4)には、この所をば寺を立て給へ。御前(おまへ)に譲り申す」と契ると云々。修行者、事を失念しぬ。
しかるに、三月の晦(みそか)ごろ、夜半、音楽わが房の上に聞く。房戸を打(たた)く。「何人」と問ふ。「北山にて契り奉るかたゐなり」と云々。
明朝におどろき、件の所に人を遣り尋ぬ。妻の女、啼泣して独り居る。「夜べ、夜更くるほどに、念仏貴くして死ぬ」と言ふ。そのよし申しければ、貴びて、村上天皇に申して、補陀落寺は立つるなり。
人は食物によらずと云々。延昌僧正、慈念と云々。
□□塔延正(昌)僧正若小時修行北山奥ニ大原犬亥当テ口二三間屋有リ只夫妻 □有リ夫ハ法師也牛馬肉食云々一宿見之夜半行水清衣着入於堂松火炬/d36
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1192812/36
□□云々僧正委細問答云々年来如是念仏ヨリ外ニスル事无死時必告申ヘシ又 □後ニハ此所ヲハ寺立給ヘヲマヘニユツリマウス契云々修行者事失念了然三月之晦比 夜半音楽我房上聞房戸ヲ打(タタク)何人問北山ニテ契奉カタヒ也云々驚明朝件 所遣人尋妻女啼泣独居夜部夜フクル程ニ念仏タウトクシテ死ト云其由申ケレハ貴テ 村上天王申テ補陀落寺ハ立也人ハ食物不依云々延昌僧正慈念云々/d37