大和物語
修理の君に、右馬(むま)の頭(かみ)1)住みける時、方(かた)のふたがりければ、「方違へにまかるとてなん、え参り来ぬ」と言へりければ、
これならぬことをも多く違ふれば恨みむ方もなきぞわびしき
かくて、右馬の頭、行(い)かずなりにけるころ、詠みておこせたりける。
いかでなほ網代(あじろ)の氷魚(ひを)に言問はん何によりてかわれを問はぬと
と言へりければ、返し、
網代よりほかには氷魚のよるものか知らずは宇治(うぢ)の人に問へかし
また、同じ女に通ひける時、つとめて詠みたりける。
明けぬとて急ぎもぞする逢坂の霧立ちぬとも人に聞かすな
男、はじめごろ詠みたりける。
いかにしてわれは消えなん白露(しらつゆ)のかへりてのちのものは思はじ
返し、
垣ほなる君が朝顔見てしがな帰りてのちはものや思ふと
同じ女に、けぢかくものなと言ひて、帰りてのちに詠みてやりける。
心をし君にとどめて来にしかばもの思ふことはわれにやあるらん
修理の返し、
魂はをかしきこともなかりけりよろづのものはからにぞありける
内匠允藤真行女 修理のきみにむまのかみすみける時 かたのふたかりけれはかたたかへ にまかるとてなんえまいりこぬといえ りけれは これならぬことをもおほくたか ふれはうらみむかたもなきそわひしき/d43r
かくて右馬のかみいかすなりにける比よ みてをこせたりける いかてなをあしろのひをにこととはん 何によりてかわれをとはぬと といへりけれはかへし あしろよりほかにはひをのよるものか しらすはうちの人にとへかし 又おなし女にかよひける時つとめて よみたりける あけぬとていそきもそする逢坂の きりたちぬとも人にきかすな/d43l
おとこはじめころよみたりける いかにしてわれはきえなんしら露の かへりてのちのものはおもはし かへし 垣ほなるきみかあさかほみてしかな かへりてのちはものや思ふと おなし女にけちかく物なといひて帰りて のちによみてやりける 心をし君にととめてきにしかは ものおもふことはわれ(からイ)にや有らん 修理の返し/d44r
たましゐはをかしきこともなか りけりよろつのものはからにそありける/d44l